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It's penalty life

2018-10
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個人的出来事に怒り、社会的出来事に無反応

「他人を見下す若者たち」:速見敏彦

今の時代は、多くの人が自己肯定感を求めようとしている時代である。
本物の自己肯定感というものは、長い年月をかけて本人の努力の結果として獲得したもので、安定したものと考えられる。
しかしながら、世の中の若者達が持っている自己肯定感はそれに比べると異なり、自分の確固たる経験に基づかない、社会の雰囲気や運に左右された主観的で不安定なものに見える。

と、本文で書かれているけど、これは若者に限ったものではないと思う。筆者は若者に多いといっているが、世の中で起きている事件は全体的に年齢層がばらけているし、若者だけがキレるわけでもない。
 むしろ、年配の多くも若者がキレるという行為に走るのを見て、真似をするようにキレているとも見える。

 ちなみに上の不安定な肯定感を筆者は仮想的有能感と呼んでいる。確かに理由も無く、努力もしない楽天家は増えているの可能性はある。ただ、残念ながら筆者らによる調査はサンプリングが少なすぎるため、ここまで言うには早い段階であると思われる。

 この仮想的有能感が世の中に広がったのには、自分の考えでは大人の打たれ弱さと幼少期における周囲からの社会的承認の回数の少なさにあるのだろう。
 大人の打たれ弱さとは、大人が自身の自己肯定感を満足することに夢中になり、子供を気にしない態度のこと。つまり大人が自己厨であるため、子供は周囲に何も期待しなくなり、結果として子供も自己厨になる。しかしながら、自身は殻に閉じこもり何もしないため、有能感など存在しない。そこで他人をなんとかして馬鹿にして、仮想的に有能感を得ようとする。最近の漫才でも個人を馬鹿にするものが受けているのも、こういう有能感を求めている反映かもしれない。
 もう一つの社会的承認の少なさは、簡単に言えば誉められる回数が極端に少ないということ。これは前に上げたものとも関連する。結局、大人は子供を自分の思う通り、自分の有能感が得られる方向に動かそうと努力し、それに沿わない限り怒る親が多い。当然だが子供は親の意向などわかないし、満足させることなどできない。さらにこういう親の場合、子供自身の意見をいうこともできない。となれば、結果として自己が承認される回数が減る為、自己の安定性が減る(親の言うことを聞けば楽にはなるが、自己は形成されにくいだろう)。結果として仮想的に作り出すしかない、もしくは不満をためてるしかない。
 こういったことから仮想的有能感を持つ人間が多いのだろう。

 自己に夢中の為、自分が存在している基盤であるはずの国家・社会の重要性、守るべき規則すら見る余裕すらないのだろう。社会に存在することが難しい者達を人間と言えるかどうかは、疑問を感じざるを得ない。
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