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It's penalty life

2018-08
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私的言語

私的言語はウィトゲンシュタインが考察の対象にしたもの。

私的言語とは自分にしか通じない言語のこと。
前々から考えていたが、私的言語について考察する行為が理解できなかった。

ウィトゲンシュタインによると、言語の定義は「言語の使用方法」であるとしている。その言語がどのように使われるかが、言語に意味を与えている。そして人はそれを理解することによって言語を理解する。

元々、辞書を調べてみればわかるが辞書を調べても最後は同じ単語を循環して調べるように、言語には「正しい意味」は存在しえない。人はその使用方法を見て理解している。

ウィトゲンシュタインは私的言語は不可能であるとしている。
私もこれに同感である。
自分にしか通じない言語には、その使用は自分以外誰にも理解できないし、そのことを言語にする理由がないからだ。使用を理解できないものとして言語とは言えないと考えられる。

そしてこの考察は私的言語は独我論に対して、考察または他我存在の証明に関して行われていると考えられる。
私的言語が存在しないことは、言語を理解してくれる他者の存在が必要である。
ここで他者に理解してもらいたいとは思わない、という主張はおかしい。本当にそう思うならば、何も語る必要がないからだ。つまり何かを主張している時点で他者に対して自身の言語を使用しており、さらに他者の存在を必要としていることを示している。

言語の存在自体が他我の存在証明となり、言語を理解し使用することが世界劇場における自我の存在の証明方法の一つである、と考えられる。
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